疲れたなぁ、なんていう気力もないぐらい疲れていた気がして、
ただただツユキは日の差し込む明るい食堂の長机に突っ伏した。
まだ昼前だというのに、ここは人の声でにぎやかだ。
それなのに暖かい光の中にいると、ついうとうととまぶたが重くなる。
「ツユキ、聞いてるの?」
隣に座ったリーシエが拗ねたようにつぶやく。
きいてないよ、なんて曖昧に返そうと開いた口からはあくびがでる。
リーシエは黙ったままのツユキの後頭部をしばらく見つめていたが、構ってくれないのが気に入らないのか、そのうちため息をついて肘をついた。
暖かくて、心地よくて、このまま眠ってしまおう、ツユキが働かない頭でそうぼんやりと決断した、その時。
「ツユキー!」
聞きおぼえがある、とおもった。
というかもう聞き間違えようがない。
だってそれはぼんやりと睡魔に溺れそうになったツユキの思考をいきなり現実に引き戻してしまうほど、
何処にいたってツユキには聞こえる、あの人の声。
がばりと起き上り、後ろを振り向けば、思っていた通り自分に向かってぶんぶんと千切れんばかりに手を振る、蜂散。
あのひと…!、あわてて周りを見渡せばやっぱりにぎやかな食堂の中心はあっという間に蜂散に移り、
赤面するツユキの横でリーシエが嬉しそうに手を振った。
「さっすが俺のツユキ!俺の分の席とっといてくれたなんて最高!」
ひとり楽しそうに笑う蜂散、彼が座り込んだ席はもちろん、ツユキの真横。
唐突にやってきた嵐のような男にツユキが呆気にとられているうち、反対側のリーシエが嬉しそうに笑った。
「ツユキ、蜂散さんのために席取ってたの?やるー!」
「ば、ばかそんなわけ…!、ただの偶然だよ!!」
「ぐうぜん?バカだなぁツユキこれは偶然じゃない、運命だよ」
きゃあきゃあと騒ぎたてるリーシエにどもりながらも否定を立てれば、
蜂散はツユキの発言さえもいつものペースで丸めこみ、にやにやと笑った。
あぁもう、この人といるとどうも調子が狂ってしまう。
ツユキは呆れと反省の意のままに、思いっきり深いため息をついたあと、腹をくくって蜂散を見上げた。
「蜂散さん、こんにちは」
「何だよシケた顔しやがって!ここは食堂だぜ?みんなで楽しくわいわいやる場所だろ」
「そんなことより蜂散さん、なんでこんなところにいるんですか」
「ツユキがいると思ったから」
詫びれもせずに平然とそんなくさいセリフを吐いて、運命だって言ったろ、蜂散はにやにやとツユキの顔色をうかがう。
もうこの人のペースには巻き込まれない、そう思って見上げたその顔だったけれど
やっぱりその顔を直視できずにツユキはがっくりとうなだれた。
けらけらと笑う蜂散が余計、癪に障る。
「で、ツユキは何で食堂にいるんだ?まだ4限だぜ、いい子のツユキちゃんも反抗期突入か?」
「そんなの…暇だったからですよ、今日授業3限までですし。蜂散さんこそ授業サボったんですか」
「俺はいーの!小難しくてクソつまんねェ授業よりツユキの方が大事!」
この男、本当によく舌が回る。しかも、恥ずかしげもなく。
ぎゅうと右肩に抱きつかれて思わずよろめいてしまうツユキは、
なんだか自分だけ恥ずかしいのが悔しくて、顔が赤くなってしまわないよう抱きつかれた右肩に全神経を集中させながらこれ見よがしにため息をついた。
そんなツユキに視せず動じず、目の前ののんきな男はリーシエに向かって「食券買ってきてw」なんて笑うから、
一体どんな神経してるんだろう、考えたって仕方のないことをツユキは考えずにはいられずに。
蜂散に言われたとおり席を立ったリーシエの背中を横目に見ながらツユキはぼそりと口を開いた。
「蜂散さんは勝手だ」
「なんだよ、ツユキは俺の恋人だろ」
くすくすと笑う蜂散に聞いてないなと思いながらも、それを言われてしまったら反論する気力も失せてしまう。
蜂散の言葉はいつもくすぐったくて、ツユキは結局反論する機会を逃してしまうから、
それも計算のうちだというようにくすくすと笑う蜂散が余計腑に落ちないのだ、とツユキは思った。
「それにさぁ、」
「…なんですか」
「これだけ猛アタックしてるのに、しかも俺たち恋人のハズなのに、なんなのそのツユキの冷たい反応は?」
何を言われるかと思ったら、口火を切ったように蜂散が喋りだした。
無意識のうちに顔が火照るのがわかって、ツユキは目を白黒させながら蜂散を止めようと口を開く。
「そ、そんなの、そんなこといわれたって、俺だって、!」
「ツユキは俺のこと嫌いなんだ…だから俺のアタックを完全無視するわけだ…」
こ、こいつ、!わかっててわざと落ち込んだふりをしている…!
ぐすんぐすんと涙ぐむ蜂散の薄っぺらい演技をツユキはあっさりと見抜いて、
だって蜂散さんとどれだけ長い間一緒に過ごしてきたと思ってるんだ、ツユキは見開いた眼をしかめてしくしくと肩を落とす蜂散の方をぐいと掴んだ。
「やめてくださいよ、蜂散さんだって分かってるでしょ、お、おれが蜂散さんのこと嫌いなわけ、」
「じゃあ俺のことどう思ってる?嫌いじゃなかったら、なに?」
「はっ!?…ききらいじゃなかったらそれは、それはその…!」
「あーやっぱりきらいなんだーだからすきっていってくれないんだーうえーんツユキのバカー」
「ちょっと蜂散さん!!」
強気に出ててみたツユキだったが、
わざわざツユキに好きだと言わせたい魂胆が丸見えの蜂散はむすりと顔をしかめて、しまいには嘘泣きまでしだすから、
もうその場にいた全員の視線は喚く蜂散とそれをなだめようと必死なツユキに痛いほど突き刺さって、
恥ずかしいさでいっぱいいっぱいのツユキにはもはや冷静な判断力は残っていなかった。
とにかくこの人に黙ってもらわなければ、
ツユキは嘘泣きを続ける蜂散の方を掴むと何かつぶやこうとする蜂散の口を思い切り自分の唇で塞いでしまって、
突然のツユキの反撃に小さくんっ、と吐息を漏らした蜂散を、お構いなしに無理やり黙らせる。
しばらくは大人しくなすがままになっていた蜂散だったが、
突然のキスにうまく気道確保できなかったのか、そのうち苦しそうな顔になって
自分の肩を抑えつけ続けるツユキの背中にばんばんと抵抗の合図を出したものの、
なにがなんだか現状把握のできていない一生懸命のツユキにそれは届かずに。
ツユキがやっと唇を離して、蜂散の肩にかけた手に込める力を緩めた時には、
蜂散はその場で白目をむいて倒れ込んで、ツユキは思わずしまったと呟く羽目になるのだった。
キミにスクールランチ