荒々しい音で立ち上がり店をでた。
怒りにまかせてドアを叩きつけようとした瞬間、
傷ついた表情が浮かんでドアだけはそっと手を離す。
最後まで乱暴にできないあたり、俺はヘタレで
分かっているのに言わない俺は、最悪だ。
日が落ちて少し経った街を、まとわりつく熱気を掻き分けて歩く、歩く。
弱い風は熱をかき回すだけで何の意味もなさず、
爪で切り込みをいれたような頼りなさげな三日月も
耳元で鳴く蝉の声すら
現実味がなものに思えた。
見えるもの聞こえるもの
全てが俺に届いてこないんだ。
「ツユキ、次の日曜日花火を見に行こうぜ」
皿を拭く白くて細い指を見ながら言った。
ケーキを食べてツユキが俺のために淹れてくれたコーヒーを飲んでいた俺は
浴衣を着たツユキにあれやこれやをしちゃう想像なんかをしたりして
いやそれよりも今夜こんなことをして可愛がってやるんだと
にやつく口元を抑えるのに必死で
「俺、行けません」
なんて言葉が返ってくるなんて思ってもみなかった。
「どうして!?ツユキだって祭りすきだろ!」
「好きですよ。
でもその日はお店の仕入れがあるので、」
意識しないうちに口調が荒くなり
気付いた時には喧嘩になっていた。
「店なんてどうでもいいじゃねぇかよ!」
傷つけることを言ったし
「俺じゃなくても、誘う子がいっぱいいるでしょう!」
言いたくないことを言わせた。
「もうお前なんか誘わねぇ」
馬鹿なことだ。
「もうここには来ないで下さい!!」
本当に俺ってば最悪。
「…‥あーあ、…」
ツユキの事になると必死になってしまう。
他の子だったら、きっと「残念だね、また今度」って笑って許せるはずのことも
みっともないくらい必死になって、格好悪い。
情けない。
相手が見えないくらいになってしまって、
いつの間にか
自分の為にツユキを傷つける。
街灯の並ぶ道の中央をあるく。
生ぬるくて鬱陶しい光が靴先をオレンジに染めていた。
今夜はモンスターの俺が歩けるほどに、人は見当たらない。
そのはずだよな。
こんな暑さの中出歩きたいだなんて酔狂な馬鹿はそういない。
それに馬鹿は俺一人で十分。
「蜂散さん!!」
ふいに名前を呼ばれて振り返った。
額の汗を手の甲で拭いて
肩で息をしながら駆け寄ってくるツユキ。
街灯のぼんやりとした光でも
頬が真っ赤になっているのが見て取れた。
「…‥はぁ、はちる、さん。あの、俺…」
ツユキが何を言いたいか、
聞かなくても解った。
落ち着かない息の間から紡ごうとする言葉。
でもそれはツユキに言わせる言葉じゃないんだ。
銀の髪を出来るだけ優しく梳いて絡める視線。
光を反射する緑の目。
綺麗だ。
「ひどいこと言って、
傷つけて悪かった」
もとはといえば俺が悪いんだ。
ごめんね、
は言えなかった。
ツユキが俺の手をひいて
いきなり走り出したからだ。
「どうしたんだよツユキ!」
「とにかく来てください!」
強い力で引っ張られ、足も自然に動く。
どこに向かうか見当がついた頃には、
ツユキの足取りは重くなっていたけれど
俺は苦しそうなツユキに休もうと言い出すことも
あの日のように抱き上げることもしなかった。本当はお姫様だっこをしたかったんだけど。
だってこんなにも一生懸命な姿よりも上手く気持ちを伝える言葉なんて
ありはしないと思わないか?
「とう、ちゃく、で、す」
はぁはぁと息を切らせて座り込むツユキ。
息切れの心配のない俺も隣に座って、空を眺めた。
俺が連れてこられたのは、クリスマスを2人で過ごした場所だった。
静かで、星が綺麗だ。
でもそれしかない。
イルミネーションも満月もない。
それでも俺は十分だ。
隣にツユキがいるだけで、
闇は寄り添う猫のように柔らかく美しい。
「蜂散さん」
「んー?」
「俺、思うんですけど
1人でいれば何でもないものが、
一緒にいるだけで特別なものに思えたら
それってもう恋とか愛とか
そういうものだと思うんです」
見えないものだからそうやってしか確かめられないけど、
特別なことじゃなくても
確かめることはできるって思いませんか?
細い肩をつかんで目を合わせた。
緑の目も躊躇いがちに見つめかえしてくる。
「ツユキが一緒に居る今が、すごく特別で…」
…‥すごく幸せ。
ツユキだけにしか聞こえないように
耳元で囁いてやると
ツユキは真っ赤になった耳を押さえて怒った顔で俺を睨んだ。
「な!な、なに言ってるんですか、恥ずかしい」
自分で言ったくせに。
でもいつもみたいに突き放されることはなかった。
背中に回される手が愛おしい。
「蜂散さんの肩の向こうの月だって、見たことのない優しい色ですよ。
あんなに細くても力強い
…1人でみた満月よりもずっと」
抱き合っているせいで顔は見えないけれど
確かにツユキが微笑むのが分かって俺の口も自然に緩む。
あぁ、愛しあってんだなぁ。
「ツユキはロマンチストだな」
「意外ですか?」
「ううん、予想通り」
「…‥嫌ですか」
「大好きさ!」
気持ちが少し残らず伝わるように
俺は両腕にありったけの力をこめてツユキを抱きしめた。
「苦しいって言ってるでしょ」
華麗に決まったボディーブロー。
のた打つ俺に
ツユキがぽつんと呟いた。
「でもやっぱり、
せっかく夏なんだから夏らしいことしたいなって思うんです、俺も。」
「…‥?」
「蜂散さんのすきな浴衣もちゃんと着ますから、」
「…うん?」
「ーー〜っ!
だからっ!!お祭りに連れてって下さいって言ってるんですよ!
蜂散さんのばか、はげ、へたれ」
怒って背ける横顔にどうしようもない愛おしさがこみ上げて、
「もちろん!
俺の知ってる中で一番のお祭りに連れてってあげる!!」
指先と唇に一つずつキスを。
びっくりして固まる君を押し倒せば、
Hot Hot Summer!