なぜだろう
パーティーは夜のはずなのに
僕と緑ちゃんはソファに座らされて
とかいうハチコは僕達のまわりでそわそわして
訳が分からない
ひなたぼっこで忙しいのに、いいからいいからと僕の手をひいて
パーティーの準備をしている緑ちゃんまだ一生懸命に説得して
理由を聞いても答えない、嬉しそうな含み笑いのハチコ。
どうしたんだろう。
手持ち無沙汰に窓の外を見れば
薄桃色の梅が色付いて
クローバーがその緑を誇らしげに凛とたって
やっと暖かくなった日差しは黄色くたゆたう。
あぁ、そうか。
まだ時折、冬の余韻をなびかせて銀色の風が吹いている。
チャイムが鳴り、玄関はすぐそこにあるのにわざわざ走っていったハチコが連れてきた
はじめましてと小さく頭を下げるその子は
・・・・このお方はもしかしてと呟く緑ちゃんも
僕も、知らないけれど知っている
「ツユキ君だ」
驚いて顔を見合わせるハチコとツユキ。
「なんで分かるのさ、鯉壱ちゃん!」
そう、僕達ははじめましてのはずだけど
「いつもハチコから聞いてるから、分かるよ」
緑ちゃんもそうでしょ?
彼女は肯定の印にちょこんと微笑んだ。
「今日は何故いらしたので御座いますか?」
「えっと、お誕生日のお祝いに」
ツユキが持っていたバスケットを探り、出てきたのは可愛いラッピングのピンクの箱。
「お誕生日おめでとうございます、鯉壱さん」
「わぁ、ありがとう!」
受け取り中身が気になって振ってみるとカタカタと鳴る。
何が入っているんだろう、気になるなぁ。
今開けちゃいたいな、いいかなぁ
・・・あれ、でもちょっとまって
「なんで僕が鯉壱だって分かったの?」
僕が緑ちゃんで、緑ちゃんが鯉壱かもしれないでしょう?
きょとんとしたあと小さくツユキは笑った。
「いつも蜂散さんから聞いていますから」
「あの子、ハチコが呼んでくれたの?」
「そーだよ。俺から鯉壱ちゃんに愛を込めて!」
「気持ち悪いですわ」
ハチコが僕の肩を抱き寄せて、照れんなよとかほざく。
どんな顔していつもこんなこと言ってるんだろう。
ハチコと目があいニヤリとされて
とりあえず鼻をつまんでおいた。
「痛いよ、鯉壱ちゃん!
愛が痛い!!」
「ツユキが喫茶店やってんのは前に言っただろ。
それで今日は特別にこの時間にお茶会をやってくれるように頼んだんだ」
リビングから見えるツユキは忙しそうだけど、
なんだか無駄がなくて丁寧に指先が動いていた。
「やっぱりお手伝いして差し上げたほうがよろしいかしら。
慣れないキッチンではさぞ大変だと思いますわ」
「大丈夫だって。必要な道具とかは全部準備しといたから。
ツユキに任せて座ってろよ」
「ハチコのくせに準備万端なんだね」
「気持ち悪いですわ」
涙目になったハチコなんて無視。
だってプレゼントの箱の方が可愛いから。
「何が入っていらっしゃるのでしょうね」
「・・・・・わぁ、綺麗・・・」
ふわふわのクッションのなかに包まれているカップとポット。
そっと取り出してしばらく眺めた後、
もう一度、箱にしまって
「どこいくんだよ鯉壱ちゃん!」
ひょいとキッチンを覗けば、真剣にツユキは鍋をかき回していて
突然現れた僕にびっくりしたみたいだったけど
「このカップでミルクティーを飲みたいんだけど」
そう告げれば
「かしこまりました」
眉を下げて嬉しそう言った。
***
テーブルの上にはクッキーと色とりどりのマカロンに
ミルクティーはチャイで淹れて。
お店のこともあるし一足お先に帰ろうと思っていたのに
緑さんに鯉壱さまも喜びますわと席を進められれば断れなくて
結局俺は鯉壱さんの目の前に座っている。
鯉壱さんのはじめの一口はやっぱりミルクティーで、
少しずつの不安と期待を押さえ込んで
俺はそっと、その口元を見やる。
口から離れるカップの陰で薄く溜め息を落としながらふわりと微笑み、
「なんだか、とっても幸せ」
鯉壱さんの呟きは俺の心にぽつりと落ちて
綺麗なマーブル模様を描いた。
「送っていくよ」
流石に帰らなくちゃいけない時間になって、
玄関まで来てくれた蜂散さん。
「鯉壱さんのお祝いですから。
一緒にいてあげてください」
そんな俺をじっとみて
ねぇ、ツユキ。
わざとらしい深々とした溜め息をつき
「ちょっとでもいいからさ、嫉妬とかしないの?」
「・・・は?どうして?」
してると嬉しいのに、
蜂散さんは試すように俺を覗き込む。
「俺と鯉壱ちゃんはさ、ツユキと出会う前から一緒にいるんだよ」
「だから何だっていうんですか?」
「時間的な繋がりはツユキよりもずっとあるんだよ」
「知っています。
・・・・・でも、何も気にしてませんってば」
「本当に?」
「・・・本当です」
「絶対に?」
「絶対です!」
思わず大きな声をだしてしまう。
少し驚いた蜂散さんにごめんなさいと俯くしかない。
「はじめて出会って沢山お話しして、
鯉壱さんって嫉妬とかそういう感情から最も遠い人だと思いました」
逆に俺は鯉壱さんに出会う前から、もうすでにそんな感情を持っていて。
俺ばっかりこんな気持ちで本当に醜いって分かってるから、
だから今日は絶対に考えないようにしてました。
でも、本当は気にしてしまうんです。
俺だって分かってました。
でも蜂散さんから直接そんなこと、いわれると。
段々声が小さくなって
最後には震えだして
視界が歪みはじめた頃には
蜂散さんに抱きしめられていた。
「悪かった。
ごめんツユキ」
1つだけ落ちた涙を唇で掬われる。
「傷つけてごめん」
声を出してしまえば、我慢できなくなりそうで
首だけを横にふった。
「でもね」
俺と鯉壱ちゃんは
俺とツユキのような関係にはならないんだよ
「どう、して?」
今度教えてあげる
優しく耳元でささやかれてじわりと耳に熱が集まった。
「・・・なんだか嬉しそうですね」
「うん」
「悲しくなりませんか」
「うん!」
背中にまわされていた手に力がこもった
「なんだろうツユキとはね、今までと違う感じがするんだ」
「・・・違う?」
「そ、幸せになれそうな感じ!」
蜂散さんにそんな嬉しそうな顔をさせられるのが俺だと分かって
嬉しくて
目から涙を押し出し、笑う。
「っ、もう!そんな可愛く笑うなんてさ、反則。
ここで押し倒してもいいかな」
真剣な表情の蜂散さんのすねを蹴り上げて
口に1つキスを。
「ばーか。蜂散さんなんて嫌いです」
でもちょっとだけ好きです。
ちょっとだけですけど。
「やっぱり、まだいた!
ね、絶対にまだいるって言ったでしょ、緑ちゃん」
「きっとハチコがツユキさんをお離しにならなかったのでしょう、お可愛そうに」
「うるせーよ」
ツユキの目の前に立つハチコを押しのけて
「美味しいミルクティーだったよ。
プレゼントもありがとう。
ミルクティーが気に入ったからまたお店にもお邪魔したいなぁ」
にっこりとツユキに笑いかけた。
ツユキもぎこちなく
でも確かに微笑んだ。
「お待ちしています」
それでね、
プレゼントにもらったカップとポットを差し出した。
包むのに時間がかかってしまって不器用な僕ではぐしゃぐしゃになってしまったけれどちゃんと自分でやったんだ。
「これ、持っていて欲しいんだ」
不安そうな顔のツユキ。
違う、違うよ。
君が考えているような、
プレゼントが気に入らなかったからとか
そういう理由ではないんだよ。
むしろその逆、一瞬でお気に入りになっちゃったから
「今度君のお店に行ったときは、
このカップで」
Happy Birthday
「また何度でもお祝いしようよ!」