あたりの空気はすっかり冷え込んだ午前12時。吐いた息が白くなる夜。
国道沿いの景色はランプの明るいオレンジ色で、そこを走る車も流石に少ない。
歩道橋の上、何を見るともなしに俺はオレンジに照らされた車道を見下ろした。
車のエンジン音がすぐ足もとを通り過ぎていくと、そのあとは何も聞こえなくなった。
やけに静まり返ったその場所は、いつもとはまるで雰囲気が違う。
俺以外、誰も見ていない信号が、青から黄色へ、そして赤色へ、何も言わずに色を変えた。
赤信号の先
「…………赤、か」
赤は『止まれ』だ。
その信号は当然車道を走る車両への命令だったのだけれど、
あいにくその車道に立っているのは、車道の上にかかった歩道橋を入れてやっと一人だ。
何をするでもなく、ただぼんやりと突っ立っているだけの俺、一人。
ずうっと止まったままだった。
俺の信号は、ずっと赤のままだった。
いつまでたっても俺は、向こう側に渡れずにいた。
歩道橋の下で、誰も見ていない信号は青へ変わる。
それでも俺の脚は動かない。
違った、と俺は小さく眉をひそめる。
赤にしたのは俺だった。
青に変えないのも俺だった。
いつまでたっても俺は、向こう側に渡る勇気が無いまま。
「蜂散さん」
かけられた声に顔をあげれば、愛らしいマフラーの彼は白い息を吐きながらそこでただ立っていて
何してるんですか、こんな時間に。
彼は心底心配そうにそう呟くから、俺は無理やり声を飲み込む、そんな声出すなよ。
いったい全体どこから走ってきたのか、頬を赤く染めたツユキが息を一つ吐くたびに、
それはオレンジの世界を少しだけ白く染める。
「信号を見てた。青にならねェかなと思って」
彼は俺の曖昧な返事に首をかしげるだろう、判っていたからまた視線を信号に戻した。
まだ青だった。
それでもまだ踏み出せそうになかった。
俺が視線を落とすと、ツユキは少し難しそうな顔で俺を見つめた。
それから手すりに腕を置く俺のすぐ横に立つと、俺と同じように信号を見つめたまま言う。
「青じゃないですか」
「まだ青じゃねェんだ」
「青ですよ、ほら」
だから、青じゃねェんだってば。
俺は同じセリフを繰り返した。
俺の心のうちが分かろうはずもないツユキに、この台詞は少し意地悪だった。
それも判っていたけれど、青じゃないのも本当だ。
でも、青なのも本当か。
拗ねるように眉をひそめてツユキは俺の顔を見上げる。
「そんなこと言ってるうちに、赤になっちゃいましたけど」
信号は、また赤になっていた。
車道を走る車は無い。この信号を見ているのはまたしても俺だけだ。
そう思った俺の視界の端で、小さく銀色が揺れる。
あぁそうか、違った。
俺と、ツユキも、だ。
不思議なくらい静かな国道の上で、俺はできるだけ静かに笑った。
信号は赤のまま。
それでも俺はツユキの腕を取ると、歩き出した。
噛み殺した笑い声は、静かに中央線の上に転がっていったようだった。