きゃー!なんていう黄色い悲鳴にびくりと肩を震わせれば、
悲鳴に似使わずじて蜂散は満面の笑顔でもって喫茶店のドアを開けた。
「ツユキー!!」
叫びながら勢い余ってくるりと一回転する黄色い彼は、
ひらりとその笑顔をきらめかせながらカウンター席に陣取った。
Closeの文字が彼には見えないんだろうか。
毎回、彼がこうやって閉店後の喫茶店の扉を思い切り開くたびにツユキは思うのだ。
そうやってツユキがぼんやりとどうでもいいことを思いながら食器を磨きあげている間に、
彼はあっという間にいつものカウンター席の一番隅に陣取って、そしていつものセリフを吐いて、
それからツユキに向かってにっこり笑いかける。
でも今日の彼はなんだかやたらにこにこしていて、おまけにテンションが高い。
嫌な予感がする、とツユキは直感的にそう思った。
「元気だったかツユキ…?俺がいなくて寂しくて死にそうだっただろ」
「いやべつに」
「ちくしょうこのツンデレちゃんめ!!」
「どうしたんですか?今日はやたらテンションが高いですね」
「お、気付いちまったかツユキちゃん!」
にやにやと笑う蜂散にツユキは眉根にしわを寄せた。
そんなツユキを見て蜂散はますます口角を上げる。
「今日は店も大混雑だったんじゃねーの?」
「意味が判りません。お店が混むのと、貴方のテンションと、どういう関係が、」
「はーッ、ツユキったら鈍いんだよなァ…」
お兄さん哀しいよ、そんなふうに大げさに嘆く蜂散に、ツユキは疑問符を飛ばした。
確かに今日は店はてんてこ舞いの忙しさだった。
なぜなら今日はクリスマス・イヴ、ケーキが欲しくないひとなんてどこにもいない。
だがそれと蜂散のテンションとの関係はあいまいなままで、にやにや笑顔を浮かべたままの蜂散を見ながらツユキは首をかしげた。
「蜂散さんもケーキ食べたいんですか?」
「……期待以上の回答だツユキ、お前ってやつは本当に可愛いな!それに俺が食べたいのはケーキっつーよりむしろツユキだしw」
「(このひと…)それじゃあ一体なんだっていうんです?こどもじゃあるまいし、サンタさんにでも期待してるんですか?」
ツユキが目を細めた瞬間に蜂散が笑った。
え、とツユキが眉を上げた時にはもう、彼はツユキをカウンター越しにだきしめて、そっとその耳元でささやく。
「メリークリスマス、!」
その一言になんだか安堵感と安心感がこみ上げてきて、
ツユキは彼の腕に抱かれたまま、メリークリスマス、と答えた。
***
「だからってこういうことは前もって教えてくれないと、!」
「いいじゃねェか細かいことは、な!」
「よくないですよ蜂散さん、貴方の常識って人とずれてるし」
「なんだよ俺とデートすんのがそんなに嫌か?」
「そ、そういうわけじゃないですけど(もごもご」
「照れちゃってかーわいっw」
バタバタとあわただしく、それでも蜂散はツユキの手をしっかりと握って離さないまま、二人は店の外に飛び出した。
あたり一面真っ白な、クリスマスに似合う雪景色で、
わあ、とツユキが感嘆の声を漏らす間もなく、蜂散は彼の手を強引に引っ張って急かす。
「はやくはやく!間に合わねーぞ!」
「ちょ、危ないじゃないですかっ!何をそんなに急いでるんですか!?」
行けば分かるよ、そう言ってほほ笑む蜂散の背中を見つめてツユキは、その手に引きずられるように冬の夜の街をひた走る。
雪の中、家の明かりがぽつりとぽつりとまるでイルミネーションのように煌めいて、それがツユキの心を温かくしていくのに、
酸素を求めて息をするたびにひんやりと冷たい冬の空気が鼻の奥をツンとついて、意識しないうちに自然と視界がうるんだ。
「…は、蜂散さん」
「なんだよ」
「息が、苦しくて、…少し、休憩しませんか、」
ツユキがはぁはぁと浅く息をすれば、そのたびに目頭が熱くなる。
蜂散は胸を押さえて立ち止まった彼を見て、しょーがねェな、と呟いた。
「ほらっ」
差し出されたのは、蜂散の手。
だからもう走れないですって、そう言おうと口を開きかけたツユキを、蜂散は軽く抱き上げた。
「ちょ、っと!」
「気にすんなってw俺だってモンスターだから、体力なら自信あるんだぜ?」
「そういう問題じゃ、!」
慌てて降りようとしたツユキの体を蜂散はお姫様だっこしたままぎゅうっと強く抱いて、
ツユキ美味しそうな匂いがする、なんてへらっと笑うから
ツユキは雪の降る夜でも判るくらい顔を赤くして、自分の心臓がバクバク言うのを聞きながら、走り出した蜂散の肩をとんと叩いた。
「しっかり掴まってないと落っこっちゃうぜ」
「なっ、やめてください!ちゃんと落とさないようにするのが蜂散さんの役目で、」
「じゃぎゅううって掴まってて」
へらりと笑う蜂散にツユキは怪訝な顔をしながらも言われた通りその首に手を回した。
走り続ける蜂散の腕の中は思ったよりも暖かくて、優しくて、見上げればすぐそこに蜂散の笑顔があって
どくんどくんと波打ち続ける心音がやけに大きく聞こえて、耳を澄ませば蜂散の心音も聞こえてきそうな距離にいるのにツユキにはそれができなかった。
パンクしそうだ、とツユキは思う。
何かよく分からないもので胸がいっぱいになって、なんだか破裂しそうだと
蜂散が雪を踏む音も、街の明かりも、今のツユキには届かない。
ただただ自分の心音が蜂散に届いてしまうのが何だか怖くて。
ツユキが蜂散のその顔をぼんやりと見つめていると、下からの視線に気づいた蜂散がツユキに言った。
「大人しく抱かれてくれると思ったら、俺のこと見とれちゃうほど好きだった?」
「ち、ちがいます!!そんなんじゃ、」
「いーじゃんか、俺そっちの方が嬉しいしw」
それに俺そろそろ恋人としての自覚もって欲しいんだよね、ツユキに
蜂散がけろりと呟いて、ツユキはますます目を見開いた。
にこりと笑う蜂散が嫌いだなんてことは絶対なくて、というかたぶん好き、というより愛してるんだろうけど
でもそれを認めてしまうのはなんだか気が引ける、というか恥ずかしい、というか。
「それは、!」
「はーい、とうちゃーく」
口を開いた途端に走り続けてきた蜂散が立ち止まって、ツユキは発言のタイミングを失う。
降ろすよ、とそっと蜂散が囁いて、すとんと降りた地面は冷たかった。
降りた先を見渡すと、何のことは無いただの真っ暗で人気のないスポットで、
なんでこんなところに蜂散は自分を連れてきたのか、ツユキは理解できないままに蜂散を見た。
「まぁまぁそんな顔しないで!」
あっちだ、そう言って蜂散が指さした方に歩み寄って、ツユキは息をのんだ。
街のイルミネーションが暗闇に綺麗に浮かび上がって、その夜景はまさに夢のような美しさだった。
雪の降り積もる街は暖かく優しく輝いて、冬の冷たい空気が余計にそれを映えさせているようだ。
見開いた眼に冷たい空気が触れて、また目頭が熱くなる。
「こっからみると綺麗だろ?俺の秘密スポットさ」
にっこりと笑った蜂散の顔に遠い街の光が映った。
ツユキは何も言わずに、ただ頷く。
「…綺麗だ」
「…なんとか間に合ったって感じかな」
「あんなに急いで、なんだったんですか?」
「いいから見てろって」
蜂散の笑顔をツユキは不審そうな眼で見ていたが、そのうちその顔も輝いた。
雲に隠れていた綺麗な満月が、大きくその全貌をのぞかせていた。
街のイルミネーションもさながら、手を伸ばせばすぐにでも届いてしまうぐらいすぐ近くにあるその月は、
大きく輝いてそのまま二人を飲み込んでしまいそうな勢いだった。
「すごい…」
「一番月が近づく時間さ。一年で一回だけなんだぞ、こんなに大きく見えるのは」
「蜂散さんって…意外とロマンチストなんですね…」
「あっ、ツユキ今割と酷いこと言った!?」
「いいじゃないですか褒めてるんだから」
呟いたツユキを蜂散はただ笑って見ていたが、そのうち彼はその光に背を向けた。
しばらく光を見つめていたツユキも蜂散のあとを追う。
「…蜂散さん…?」
「俺にはツユキがいるもん」
「え、?」
「そんな光なんか見なくたってさ、俺はツユキ見てるだけで幸せw」
満面の笑顔でそういう蜂散は、自分の言葉で硬直したツユキの手をとって、その冷えた指先にキスを落とす。
驚いて目を丸くするツユキに、蜂散は優しく呟いた。
「愛してるよツユキ。俺、ツユキのこと本当に好き!!」
どくん、と心臓が震えた。
それは、冬の寒さのせいでも、雪の冷たさのせいでも無くて。
指先に残る蜂散の温もりのせいではない、ツユキはそう思いたかった。
それから、目頭が熱くなるのも、冬の冷たい空気のせいだ。
暖かい涙がうつむいたツユキの頬を伝っては空気に冷やされて、
痛いくらいの冷たさにツユキは笑うしかなかった。
「俺も、俺も蜂散さんのこと、愛してます!」
Hot Hot winter !!