"close"の札のかかるドアを開け中へ。
食器を洗っていたぎんいろが顔をあげて
諦めたように言った。
今日はもう閉店しました
泣きっ面にハチ
「そんなこと知ってるさ」
だから来たんだ。
ぎんいろの目の前のカウンター席に座り
「いつもの。と、今日はケーキも」
「かしこまりました」
サイフォンなどを準備するぎんいろを
湯気の向こうに見やる。
「最近俺来てなかったから、寂しかっただろ?」
「まさか。早くお店を閉められてよく寝れました」
ぎんいろの愛想の悪さは常連客の俺にとっちゃご愛嬌で、可愛いもんだ。
にやにやと顔をのぞき込むと
なんですか
すごく嫌な顔をされた。
ぎんいろが喋ってくれなくなったので
俺は仕方なしに手近にあった新聞を開いた。
餌のテントウムシの減少に有名人の結婚離婚騒動。
それにモンスターの襲撃増加に警戒強化、か。
リヴリーの世の中も平和なもんだな。
「あ、こんばんは!蜂散!!久しぶりー。ほんと久しぶりだよね」
新聞を引ったくられいきなりのマシンガントーク
「そうだな、リーシエ。配達の帰りか?」
「そ。今日は量がこれまた多くって。時間かかっちゃった」
ぎんいろがお茶でも飲むかと聞いたが
リーシエはすぐに上に行くと断り、俺の横に陣取った。
こりゃすぐに上には行かねぇな
こいつのトークは一度始まったら終わりゃしねぇんだから
「いやーそれにしても。やっと蜂散が来てくれて良かったな、ツユキ」
ぎんいろが眉をひそめ、
俺は意味が分からずリーシエの言葉を待つ。
「だってね、蜂散!
ツユキは最近蜂散が来ないから寂しそうにしてたんだよ。
夜とかもね、片付けが終わってもなかなかお店から帰って来ないし、
部屋でもため息ついてるし、ね」
ぎんいろを見ると耳まで赤く染めて、ふいと目をそらした。
…‥お!もしやこれは。
「だからさ、今日はオレから蜂散にお願い!
次来る日とかさ、ちゃんとツユキに教えてあげてよ。
ツユキ待ってんだからさぁ。
こんなにつれない態度とってるけど、本当はツユキは蜂散のこ」
ゴンという鈍い音でリーシエのマシンガントークが終わった。
手にフライパンを構えたツユキが強制終了させたようで
「…‥ちょっとこのうるさい屍を二階に上げてきますから」
目が怖かったのでなにも言えない、頷くしかない、笑えない。
物言わぬリーシエを背負ってぎんいろは階段を上がっていった。
ぎんいろが降りてきて、ケーキをだし
「リーシエの言ったことは忘れて下さい」
「忘れろっつったって忘れられねェって。だってありゃ裏の意味をたどれば…‥」
ぎんいろが俺のこと気になってるってことだろ
無表情のぎんいろはフライパンを握りしめた
冗談っぽくからかってみたかったが
自分が冗談じゃない状況になりそうだったのでやめた。
俺は本気なのになぁ。
「そ、それにしても!今日のケーキも美味いな。見た目も綺麗だし」
「気に入りましたか?」
「あぁ、このケーキマジ美味い」
やっと笑ってくれた。
ぎんいろが笑うことなんて滅多にないから、
こっちまでうれしくなる、可愛いって思う。
「知り合いに持って帰ってもいいか?」
「もちろん!すぐに包みますね。いくつにしますか?」
「じゃ3つ」
「知り合いって前に話してた、鯉壱さんと緑さんですよね?」
「そうそう。後の1つは俺の分で」
「ケーキが気に入ったら、今度皆さんでコーヒー飲みに来てください」
「鯉壱とはいいけど、みどりのぽんぽん野郎とは嫌だ」
「そう言わずに」
待ってますから
あぁ、俺はこの笑顔を独り占めしたくて
やっぱり1人で店に来るだろう。
手際よくケーキを包みカウンターから出てきて俺に手渡すぎんいろ。
俺よりずいぶんと背が小さい。
小さいって言うと怒るから
「可愛い、それと美味そうだ」
ぎゅっと抱きしめて
軽くキスした
固まっているぎんいろの頭を撫でて
「次は…‥そうだな満月の夜に」
じゃあな
派手にベルを鳴らし俺は店をでた。
ツユキが振り向くと
「あ、鳶梅さん」
ちゃっかりカウンター席に座っていて
「コーヒーを一杯くださいな」
「はい」
カップの準備をする手を止め
「あ、あの」
「満月の日は4日後ですよ」
心の内を見透かしたようににっこり笑って告げられた。
***
あの日も"close"を無視してカフェに入ったのを覚えている。
店に入ったのはそこにカフェがあるから、とかそれくらいの理由。
すみません、今日は閉店しました
カウンターの奥からでてきた銀髪の子を見て俺は決めた。
ここでコーヒーをのむ!
どうやら一目惚れのようだった。
銀髪の子を見てにやける俺に
俺の顔を見て銀髪は表情をかたくした。
「俺を食べる気ですか、モンスターさん」
そう思うだろうなぁ
モンスターがリヴリーの店に入れば、当然。
でも
「コーヒーを飲みたいだけ、俺は。お前を食べる気はねぇよ」
本当デス!
柄にもなく俺は真剣な顔をした。
銀髪はふぅとため息を付き
「…‥お好きな席に座って下さい」
メニューを差し出した。
「それにしても、お前可愛いな」
「かわいい!?」
「美味そうだし」
「…‥食べる気満々ですね」
いやいや、そう言う意味ではなく
「加えて俺の好みの顔だし」
「俺は男です!」
「見りゃ分かるさ」
でも気に入った。その一言に尽きる。
「ま、コーヒーをイッパイくれ」
にやりとすれば
「一杯ですか、それともいっぱいですか?」
いたずらっぽく笑った。
以来ぎんいろの店に行くのは決まって夜。
モンスターである俺がぎんいろに迷惑をかけぬよう。
そこで俺は毎回猛アタックを仕掛けるんだけど
ぎんいろは連れないし、釣れない。
結局俺がぎんいろの元を訪れた時は、
月が青白く痩せた
約束の日の4日後だった。
手に持った箱は、大した大きさでもないのにかさばった。
俺の手には松葉杖とプレゼント。
どうも欲張りだ
両手で持てるものなんてたかが知れてる
そしてあまりに少ない
ぎんいろは俺の姿を上から下までゆっくりと眺め
逃がさないようにかすごい速さで腕を掴んで。
ぐいと引っ張られ無理やりでも足は動く
けれど
「痛いよ、ぎんいろ!」
怪我への配慮はゼロ!
2階への階段を目指し歩く
あれ?
「おい、店はいいのか?」
今日はもう閉店しました!
そうして俺はある部屋に
引っ張られ押し込まれ突き飛ばされた。
何度も言うが
怪我人の扱い方じゃない!
気づけば俺はベッドの上で、腹の上にはぎんいろが乗っていて。
きっとここはぎんいろの部屋だ。
てことはこれはぎんいろのベッドで枕で
あ、折角だから匂いでも
「かぐな、変態!」
「ベッドってことは、俺らまだ付き合ってないけどそういう爛れた感じになだれ込んじゃう?
既成事実をつくっちゃう?それでもいいぜ!大歓迎」
「…‥ぼろぼろの体では俺に何も出来ないでしょう。特にこんな足では、ね」
ぺしりと叩かれ
走るじんと熱い痛み。
う、思わず漏れた声は
かっこ悪いもの以外のなにものでもない。
ぎんいろは一瞬――何て言ったらいい?――見たことの無い表情をつくった。
それは本当に一瞬で
すぐに眉はつり上がった。
「なんで体中怪我してるんですか?」
さっきからずっと怒ってる。
普段のぎんいろからは想像もつかない強く強く怒った声。
でも頭を巡るのは
何に怒っているんだろう。
約束の日を破ったことか?
ちょっと他のリヴリーに目移りしたことか?
他にも沢山。
要素が多すぎてわかんねぇや。
とにかく今は、俺の経験からいくと
プレゼントでご機嫌取り!
「これ、買ってきた」
今まで離さなかった箱を
ぎんいろの手の中においた。
開けてよ。
「気に入るだろうと思ってさ」
表情は俯いて見えない
だけど大切そうに包みを開く手をみて
きっと大事にしてくれるのだろうと思った。
そんな風に扱ってもらって
俺は今紙にすら嫉妬してる。
「通りかかった店でみつけたんだ」
リヴリーの雑貨屋だったけど店番が老人だったから、入れるかなって、油断した。
プレゼント用に包んでもらって、俺はちゃんと金を払って。
ほっとして店を出ようとしたときに
子供が「おじいちゃん、こいつモンスターだ」ってさ
いっぱい人が来て、石とか投げられて、大怪我して
「…‥あなたにはやり返すだけの力があるのに」
「ヘタレだから、俺は」
さすがに命の危機を感じたよあの時は。
本当逃げ切れてよかった。
プレゼント割れちゃってない?
あ、割れてないね良かった。
「てなわけで、あんまりみっともなくってさ。
約束の日に来れませんでした。
ごめん、怒ってんのなら許して」
顔の前で手を合わせてちらりとぎんいろを伺う。
「違います」
ぎんいろは呟いた
「違うんです」
プレゼントのマグカップを包む手の力がつよくなった。
「俺が怒っているのは」
自分になんです
きっとそう言おうとしたのだろうに
「…‥っ」
言葉は流れてしまった。
ぎんいろの顔はくしゃりと歪んで
ぽろりと涙が落ちる。
「どうした…‥!?」
分からない、いまだに何も分からないが
でも1つだけ分かった。
怒りは仮面だ。
隠していたんだ
さっき一瞬見せた顔
泣きそうなのをこらえるために。
「俺、蜂散さんの事…心配、してて。でも…それなら言って、おくべきだったのにっ」
何を?
止まらない涙を親指で拭ってやるも
どんどん溢れ、もはや手に負えない。
「…‥ひっ」
自分でしゃくりあげるのを止めようとするも
さらにひどくなって
「…‥リヴリー達は、モンスター、に対する警戒を…強化してるんです…
お、俺知ってたのにっ…」
あぁ何て優しい。
傷をうけたのは俺なのに
傷ついて泣いてくれるのか、ぎんいろは。
「…蜂散さんはこんなに素敵なものをくれるのに。
俺はあなたを思いやる
優しい言葉ひとつ言えない…‥!」
もどかしい
「そうやって俺は自分を守って。
結局あなたが傷ついた」
だからこんなに綺麗なマグカップ俺が貰う権利なんてない!
はっと気付いたようにぎんいろは零した
「…‥あぁ、こんな時になっても
自分の事ばかりだ、俺は」
やっぱり分からない。
でも何かが違う
「笑って!」
そうか
「笑えよ、ぎんいろ」
お願いだから
そんなこと言わないで
「俺がこれを選んだのは
ぎんいろにそんな顔をさせるためじゃない」
そんな事を思わせるためじゃない
ただ純粋に喜んで貰いたかった
それに欲張るなら
少しでも俺の気持を掴んで貰いたくて
「この手で掴めるものが少ないのなら
俺はひとつでいい」
たくさん掴めないのなら、ひとつだけ。
大切な意味を掴みましょう
この手が空を切らないように
お願い
あなたが俺の意味になって
「あなたがいなくちゃまるで意味なんてない」
ぎゅうとぎんいろを抱きしめる
背中に回された手に
感じる、言いようの無い愛しさ。
これが愛ってやつなのかなぁ
やっぱり俺にはよく分からないけど。
しゃくりあげるぎんいろの
睫にのった涙にそっと口付けた。
「…‥泣きっ面にハチ」
呟いたぎんいろは
涙目のまま、諦めたように笑った。
あなたがいるだけで
笑うだけで
それだけで、意味はあるのだ。
/fin.