Oh, goddess who is a brutal person !





とある都市のとある大通りから、どこか脇にそれた裏路地の果て、とある雑居ビルの三階。
古すぎる本ばかりに支配された空間が、彼女にとっての城であり世界である。
色のない外界は、彼女には醜いものとしか映らない。
外は嫌い、他人も嫌い。
それで彼女は十分だった。

それを知ってか知らずか、今日も彼は相も変わらずここへやってくる。
随分とよく喋る彼は、彼女には到底理解できないししたくもないようなことばかりペラペラと喋る。
例えば今日であった魅力的な女性の話。
例えば口説いてみたけれども相手にされなかった話。
例えば過剰すぎる愛に死にかけた話。
興味ない、と何度言っても彼はここへ来て、外の世界の話ばかりする。
それから決まって、こういうのだ。

「・・・・・なあ、でるたちゃん。
オレと一緒にお出かけしようぜ?」

「その言葉、今回で何度目だい?
あちしは外になんて毛ほども興味はないのだよ。
・・・他に言葉が必要かい?」

定型文になりつつある言葉の応酬をし、彼女は厭そうに顔を上げる。
すると、思いのほか近い距離――といってもそれは彼女の基準であるだけで、彼から見れば全く近くなどないのだが――にあった彼の顔、ともい視線がばっちりあってしまい、彼女は更に顔をしかめる。
この男――名は蜂散、と言ったか――は何故飽きもせずやってくるのだろうか。
彼の話を聞いている限り、彼は随分と外界で刺激的な暮らしをしているようだし、さして自分のように知識に執着しているわけでもない。
ここに来る理由は、思い当たらないのだ。
彼女は近づいてくる顔を手にした本で押し返しながら、彼に尋ねた。

「どうして君は毎回毎回ここへ来るんだい?
君には薄汚れた外界の方がお似合いだよ。」

彼女の声に、彼はさも心外そうに答える。

「なぁに言ってんだよでるた、いつも言ってるじゃねぇかよ。
オレはでるたとデートするために、毎回毎回あしげもなく通ってきてるんだぜ?
それに、でるたの言ってるほどお外の世界も悪くないと思うんだよねぇ。
・・・だからさ〜、一緒にお出かけしようぜ〜?」

彼女は聞き飽きた、とでも言いたげな顔をし、口を開いた。
そのとき。
空間を引き裂くようなものすごいベル音が鳴り響く。
不意打ちだったからか彼は大げさに驚いていたが、彼女は予想していたのであろう、面倒そうにその音の発信源である無骨な黒電話に手を伸ばした。

「・・・・―――もしもし?ああ、やっぱり君か。そろそろだと思っていたよ。
・・・いや、大丈夫だ。邪魔者しかいないからね。・・・・それで?
あちしのところにかけてきたんだ。それなりのものだろうね?―――・・・・」

彼と話していたときよりも、僅かながらに機嫌の良さそうな声で彼女は対応している。
一方彼は、折角の話し相手が取られた事と、自分よりも楽しそうに会話している彼女が気に食わず、途端に機嫌が悪くなった。

感情がほとんど表に出ない彼女だが、彼は何度も彼女へ会いに来ているし、何より彼女が気になって仕方がない。
なんとなく、ではあるが、彼女の機嫌の良し悪し程度なら分かってきているのだ。
まあしかし、自分の前で機嫌のいいときなど、なんなのかよく分からない本のようなものを読み耽っているときぐらいしか思い浮かばなかったのだが。
ああ、これだけ誘っているのだ、そろそろ一緒に出かけたってバチなんてあたらない筈だ。
彼女にはどうしてそこまで執着するのか、と問われたことがあるが、たいした理由なんてない。
俺はでるたと出かけたいだけなんだ。

なかなか電話が終わらないので、痺れを切らした蜂散は、大して信じてもいないかみさまへ願をかけてみる。
どうか、彼女と―――δと、デートできますように。

すると、ふと視線を彷徨わせた彼女と、ばっちりと視線が絡み合った。
俺の気のせいではない、絶対に!
まさかもうかみさまに願いが届いたのか?それならそのかみさまを信じてみるのも悪くないかもしれない。
そう思っていると、彼女は電話口に何か言いそのまま切ると、大きな椅子から立ち上がった。

「あれ、でるたちゃん。どうした?」

期待を込めて彼が尋ねると、彼女は彼には目もくれず、

「予定変更だよ。これから出かける。
・・・ついてくるだろう?くるならさっさと用意するんだね。」

と言い放ちさっさと出て行ってしまった。
ちょ、まさか本当にかみさまに願いが届くとは!
彼は嬉々として立ち上がり、彼女の後を追いかけた。











それから幾許か時は過ぎて。
蜘蛛の巣のように廻り廻った路地の先に、彼と彼女はいた。
彼の前を歩く彼女は、天井まで届く本棚から、分厚い書をいくつも手にしては戻していく。
それでも彼女の目に留まった書は、後ろの彼が持つ大量の書の上へと積み上げられていく。
その量は小さな本棚一つなら埋まるほどのもので。
どう考えても限界を越えた量を彼は持っているのだが、彼女は全く気にもとめない。
しかし彼には不満しかないようで。

「・・・ちょ、まっ・・・で、でるたちゃん!」

彼が悲鳴にも近い声をあげると、彼女はうるさそうに振り返る。

「なんだい、騒がしいな。」

「な、なんだいって・・・これ、一体どういうことなのさっ!
オレとデートのはずじゃ「デートってそれこそ一体どういうことさ。電話の内容言ってなかったかな?」

そんな電話の内容なんて聞いてるハズないじゃあないか!
彼がそう叫ぶので、彼女は煩わしそうに口を開く。
丁度君が探していた本が手に入ったから店に顔出さないか、と店主から連絡を受けたこと。
普段なら店主に届けさせるところだったが、他にも色々と仕入れたから、と念を押されたこと。
どうするか悩んだときに、丁度暇そうな蜂散が目にはいったこと。
だから荷物持ちとしてつれてきたこと。

「全く、一体何をどう勘違いしたらあちしとデートだと思うんだろうね。
ある意味その頭の中は興味深いよ。」

彼女は興味なさそうに締めくくると、もう一冊書を上へ積み上げた。
何か言おうとした彼の口から、ぐえ、とうめき声のようなものが発せられる。

「仮にも君は男なんだからその程度でそんな声出すなんて、情けない。
それだからろくな相手に出会えないんだよ。
・・・まあでも、店に来れたことはいい収穫になった。」

一応は君にも感謝しないとね。

そう言って彼女はくるり、と体の向きを変え、彼を置いてすたすたと歩き出してしまった。
随分と最後の声は小さかったし、積み上がった書のせいで彼女の顔は確認できなかったが、直感的に彼は今、彼女が笑った、と思った。
たぶん、嘲笑なんかじゃなく、本当に笑った、と。

ああ、なんてこった!彼女の貴重な笑顔を見逃した!

もやもやとした悔しさと、なんでだか分からない嬉しさを感じつつ、早くしなよ、と声のする方向へ彼は歩き出した。



(今度はちゃんと目の前で笑って欲しいなあ。でるたちゃん。)
(ああ、すぐに調子に乗るんだ、お馬鹿さんは。)