魚座は男前




ある夜の出来事。

鯉壱とクルリリは並んで家路についていた。

「…それでね、ぼくがダンゴムシしゃんを触ったら…」

「でね、あのこも一緒に砂であそんでたのっ」

「だけどね、……」

影はふたつ。

でも聞こえてくる声はひとつ。

小さな男の子が舌っ足らずな口調で楽しそうにはなしている。

ほとんど彼一人が話しているが、そのおっとりした話し方のためか一方的という印象は少ない。

さらに、隣の男に嫌がるそぶりはなく、穏やかに、時折相槌を打ちながら聞いていた。

男、鯉壱は年齢の割に小柄だがまだ幼いクルリリに比べるとはるかに身長が高い。

歩調を合わせ、ゆっくりと歩いていた。

「そしたらね、あのこはおとこまえなこが好きっていうの」

「そうなんだ。あ、スカーフほどけちゃってる」

一度立ち止まり、しゃがんでスカーフを直して。

「鯉壱しゃん、おとこまえなこってどんなこ?」

鯉壱が立ち上がったとき、クルリリは彼を見上げて問う。

「……」

瞬間、見た目の男前なんかに意味はないんだよという答えが鯉壱の頭をよぎった。

だが、自分を見上げるこの無邪気な少年を相手に答えるようなことではないと気づき口をつぐむ。

「鯉壱しゃんにはわかんないかー、鯉壱しゃんは怖がりやしゃんだもんね」

「クルリリちゃん、それはひどいよー」

「だって鯉壱しゃん虫さわれないんでしょ?」

「グサッとするようなこといわないでよー…」

こんなやりとりの中でもふたりは笑顔を浮かべていて、ゆっくり流れる時間を心から楽しんでいるように見える。

その後もふたりはいろんな話をした。

とはいえ鯉壱が自らのことをあまり話さないため、話しているのはほとんどクルリリのほうだったけれど。

そしてクルリリの家の前。

「鯉壱しゃん、おくってくれてありがとね」

「うん、またねー」

二人は挨拶を交わし、クルリリが扉に手をかけたとき。

「あ、ちょっと待って」

「なぁに?」

不思議そうに見つめるクルリリに鯉壱は笑みを浮かべて話す。

「さっきの、男前の話覚えてる?」

「うんっ」

「ぼくはね、男前は見た目だけじゃないんだと思うのね。今は身長が高くなくても、まだまだかっこいい男って感じじゃなくても、中身が男前ならそれも素敵なんじゃないかなぁ?」

「なかみが?」

クルリリは首をかしげた。

鯉壱はゆっくり、言葉を選びながら続きを話す。

「例えばー、クルリリちゃんは虫も触れるし、オバケとかにもびっくりしないでしょ?それってかっこいいなぁと思うよー」

「おとこまえ?」

「そう、おとこまえ」

そこまで話すと、クルリリは目を輝かせた。

「じゃあさ、鯉壱しゃんもおとこまえだね」

今度は鯉壱が首をかしげる番。

「鯉壱しゃん、いちばんやさしいもん!」


クルリリに手を振って、一人の帰り道。

鯉壱は心の中にこみ上げる暖かいものを感じていた。

「今日は牛乳をたっぷり入れたミルクティーを飲んでたくさん寝ようかなぁ」

いつも通りこけつつよろけつつの帰り道だったが、彼の足取りはいつもより軽やかだった。